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高松高等裁判所 昭和37年(ラ)2号 決定

抗告人 小熊進(仮名)

相手方 河村節子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告申立の趣旨は「原審判を取消し、相手方の財産分与請求を棄却する。」旨の裁判を求めるというにあり、抗告理由の要点は左の通りである。

一、抗告人と相手方とが離婚するに至つた原因は相手方にある。即ち昭和三十二年十二月抗告人が飲食店を開業した後、相手方は抗告人と手伝婦小山ミサ子との間に情交関係があると邪推し、かつ、相手方は右飲食店の仕事を手伝わないばかりか、来客に対しても無愛想に振舞い全く非協力的であつた。そうして、昭和三十三年四月相手方は子供を連れて実家に帰つてしまつたが、これは抗告人が相手方を追出したとか、相手方に居づらくしたという結果によるものでなく、相手方が全く勝手に出ていつたものである。しかし、抗告人としては仲介人を立てて抗告人と相手方の間を円満にしようと計つたが、相手方の実父河村猛は、抗告人の右申入れを頑強に拒否し、相手方もこれに応じなかつた。ところが、昭和三十四年五月突然相手方から同居の調停の申立があつたので抗告人は相手方の真意を計りかねたがこれに応じ、同年六月右調停が成立し、相手方は抗告人方に帰つて来た。しかるに、その後も相手方の態度は従前と全く変らず、抗告人と相手方間の感情の融和も得られないまま、同年一一月相手方は子供を置いて抗告人方を飛出して実家に帰り、同月九日離婚調停申立に及び、翌三十五年三月十七日に離婚の調停が成立するに至つた。この間相手方の実父河村猛或は実弟河村行雄等は抗告人に対して暴言を吐くようなこともあつた。このように、相手方の一方的な非協力、軽卒な行動、無分別等が本件離婚の原因であり、抗告人側にはその責任を問われるような離婚原因は全く存しなかつた。従つて、本件離婚にともない相手方が不利益を受けるのは当然の事理である。抗告人としては離婚後二人の子供を養育しなければならず、精神面、物質面に多大の負担が存している。以上の点は、本件財産分与について重視されるべき事情である。

二、相手方の家事に寄与した程度は僅少である。即ち、抗告人の父は相手方と抗告人が結婚した後約六ヵ月後に死亡したので。相手方が抗告人の父に仕えた期間は極く短く、一方抗告人の母は昭和二十七年九月死亡するに至るまで身体が頑強であつたから、この間母が一切の家事その他の労働にも従事し、この母生存期間中の相手方の労働は通常の一家の主婦の四分の一乃至三分の一程度のものに過ぎない。しかも、相手方は昭和三十一年五月罹病後は殆んど家事に従事しなかつたのであるから、相手方の家事に寄与した程度は益々少なくなるわけであり、前記飲食店開業後の相手方の行動等を考え合せると、相手方が家事に寄与したところは無きに等しいものというべきである。原審は、旧林村内の開墾田に関し相手方の寄与の程度を過大に認定している。即ち、右開墾田四反一畝二〇歩は抗告人の父が払下げを受け、抗告人の父母が協力して既に開墾していたものであり、只右土地中用底になつていた二畝一七歩の部分の地均らしをするにつき相手方が抗告人と共に働いたに過ぎないものであり、従つて、右開墾田に対する相手方の貢献の程度は、原審判がいうように、開墾田四反一畝二〇歩の売却価額金三〇万円の半額という程度でなく、右二畝一七歩の価額の半額九、二四〇円というべきである。又、原審は、前記飲食店への転業の原因を相手方の罹病に因る労働力の不足に在るように認定しているが、右転業の原因は抗告人のような僅かな農地のみに依る農業は生計を維持することが極めて困難であるので、抗告人は農業に見切りをつけ、飲食店に転業するに至つたものであり、決して抗告人の罹病に因る労働力不足が原因ではない。このように相手方の働いた程度は少なく、これは一家の主婦或は二児の母親として当然に為すべき責務を果したというに過ぎないものであり、他に家産の維持増加に貢献したというような点は殆んどない。

三、原審判には、離婚後の双方の生活、財産状態について事実を誤認している。即ち、原審判は離婚後の相手方の生活を極めて悲観的なものと認めているが、相手方の実父河村猛は田九反余を耕作し、生活に余裕があり、前記のように本件離婚に至る原因の一つは相手方の実父の頑迷な行動にも存するのであるから、相手方の実父が相手方を扶養するのは当然であり、相手方は離婚後実家で気兼ねなく起居していたので、その病気も全快し、昭和三十六年八月頃から近隣の山田某方に和裁の賃縫に通つて相当の収入を得ており、かつ、相手方の年齢だと将来再婚する機会も多分にあり、その生活は必ずしも原審判のいうように悲観的なものでない。これに反し、抗告人の有する資産なるものは総て飲食店営業に必要なものであり、しかもこれらは抗告人が相続によつて得た財産を売却した代金で買求めたものばかりであり、飲食店営業の利益も一ヵ月金九、九〇〇円程度のものに過ぎず、これでもつて二児を養育して生活して行くには余裕などあろう筈はない。

四、以上の通りであるから、抗告人に対し離婚による財産分与として金二〇万円の支払いを命じた原審判の認定判断は過大であるばかりでなく、本件離婚原因、婚姻中における相手方の寄与の程度、その他一切の事情を考慮すれば、相手方に対して財産を分与すべきでないといわなければならないから、抗告趣旨通りの裁判を求める。

よつて一件記録を精査し、抗告人及び相手方各本人審尋の結果をも斟酌して考えるに、凡そ離婚による財産分与の制度は、婚姻中に夫婦の一方が取得した財産はもとより、婚姻生活を通じて維持し得た財産も、夫婦という共同生活における協力関係からいつて、実質的には夫婦の共有に属するものとみて、離婚の場合これを精算するというのが中心的な根拠をなすものであるから、離婚による財産分与請求権は、離婚につき有責不法の行為のあつたことを要件とする慰藉料請求権とその本質を異にする。従つて、夫婦の一方に離婚につき有責不法の行為がなかつたとしても、これを理由に財産分与を拒否し得ないし、反面離婚原因の存否は、財産分与が前記の通り精算的な意味を持つ点からして、分与の可否及びその程度を決定する上の一つの要素である。これを本件についてみるに、離婚原因として相手方が原審において主張しているような抗告人の不貞行為(抗告人と前記小山ミサ子間の情交関係)が存したと認めるべき証拠は存しないし、その他離婚原因がいずれかの側にのみ存したと断定できる資料もない。結局本件当事者が離婚するに至つた原因は、原審も認定説示しているように、相手方が抗告人と小山ミサ子との間に不貞行為があるものと思い込み、一方抗告人は相手方の右のような誤解を解くべく努力しなかつた(例えば小山ミサ子を解雇する等。しかし、抗告人としても飲食店営業上或は経済的な理由で同人を解雇することができなかつたのかも知れない。)ことにより、夫婦間の溝が深まり、これが離婚の最も直接的な原因(他にもいろいろな原因があつたであろうが)であつたといわざるを得ない。そうすると、本件離婚につき責任を負うべき者は、相手方であり、抗告人には何らその責任がないとの抗告人の主張は当を得たものといえないし、又、前記財産分与制度の趣旨からいつても離婚原因が抗告人側に存しなかつたことを理由に抗告人に財産分与の義務がないとの抗告人の主張は採用できない。次に抗告人は、相手方の家事に対する寄与の程度、或は家財の維持増加に対する貢献の程度が僅少であることを理由に相手方の財産分与請求権を否定しようとするが、相手方は、昭和二十二年二月十五日抗告人と結婚した後昭和三十一年五月に脊髄カリエスに罹患する迄の間九年余りは、他から非難を受けるような点もなく一家の主婦として一応の働きをしていたこと及びこの間二児を出産しこれを養育していることは原審における調査記録、当事者各本人に対する審問調査により明らかに認められるところであるから、仮りに相手方が家産の増加について積極的な貢献が少なかつたとしても、或は普通の農家の主婦以上の働きがなかつたとしても、前記のような財産分与制度の趣旨に照らすときは、それを理由に相手方の財産分与請求権を否定することはできないものというべきである。更に抗告人は、離婚後の双方の生活、財産状態からして、相手方に財産を分与すべきでないと主張するのであるが、相手方は離婚後実父河村猛の扶養を受けているとはいえ、相手方所有の財産は殆んど無いし、当審における相手方審尋の結果によるも相手方の前記脊髄カリエス病は今猶全快するに至つていないと認められ、これに反し、抗告人は約一二〇万円以上の価格に相当する資産を有し、飲食店を経営して日々相当の収益を得ていることは原審における調査の結果及び当事者双方の審問の結果により認められ、又当審における抗告人審尋の結果によると抗告人の右飲食店営業は一応順調に進んでいると認められるところよりすれば、右飲食店営業に依る抗告人の生活は必ずしも余裕のあるものといえないかもしれないが、相手方の状態に比較すると格別に優位にあるものといわざるを得ない。従つて抗告人の右主張も採用できない。

そうして、以上のような抗告人の各主張及びこれに対する判断として示した各事実、その他一件記録及び当審における当事者双方審尋の結果によつて認められる一切の事情を綜合して勘案するときには、離婚にともなう財産分与として抗告人に対し金二〇万円の支払を命じた原審の認定判断は、決して不当、過大なものということはできず、むしろ相当なものというべきであり、何ら違法な点はない。

よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 渡辺進 裁判官 水上東作 裁判官 石井玄)

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